なついの日記

ときめきと恥の物語

ラブレターにもならない

 

 今年の初めの方、特に2~3月頃はオタクをしていてしんどくなることが多かったと記憶している。年末にシングルリリースの発表、次いでツアーの発表と待ち望んでいた情報が解禁になったが、今までとは勝手が違うシステムや価格に納得できない人が多かったように見えた。追い打ちとばかりにアキハバラの件もあり、わたしのタイムラインは暴動寸前の如くひりひりした雰囲気だった。しんどかったのでとにかく「ツアーが始まってほしい」ということばかり考えていた。楽しい雰囲気のタイムラインが好きなのでそういう日々が早く戻ってきてほしかった。

 烏合之衆のティザーが出た。撮影会日程の都合で先に衣装が発表になっていて、奇抜なデザインに戸惑っている人が多かったのも今思い出すと笑える。MVと曲が揃ってみるとやっぱり最高の衣装だったなと思う。(DDは情報の出し方で損をしているなと感じることがよくある)

 新曲の期待値が高まる中で3月のイベント中止の発表が来た。リリースイベント中止、そしてちょこぼのツアー中止が決まってかなりショックを受けた。めちゃくちゃ頑張っている人達の夢が潰されてしまう現実があることを信じたくなかった。撮影会が遠のいて、ツアーを待ち望む気持ちが余計に増した。寝て起きたら4月12日になってないかなとかそんなことばっかり考えていた。

 27日に烏合之衆のMVと楽曲がYoutubeでプレミア公開された。新曲はフリーライブでの初披露が恒例だったので、いつもは現地に行った人から詳細を漏れ聞いて、撮影会でやっと入手したCDをその場で聴くみたいなことをやっていたけれど今回はじめてみんなで一斉にそのタイミングを迎えられた。初見の感想をみんなで共有できる一体感が幸福で、とても素敵だった。そして公開された楽曲が本当に良かった。数日間の葬式ムードの夜明けのように思えた。このタイミングでこの曲をリリースできるMeseMoa.のただでは転ばない悪運の強さを感じるほかなかった。

 続々とイベント中止が決定される中で、オタクと顔を合わせるたびにギャラクシーは大丈夫だよね?という話ばかりしていたのが懐かしい。同時期にツアーを予定している他のアイドルの情報をチェックして、ウイルスが迫りくる現実から目を背けられる情報を探すというどうしようもないことをしていた。実際絶望的だったし、ツアー中止が発表になった時の衝撃と喪失感は大きかった。

 

 ライブに行けなくなってからずっと、彼らのステージを目撃しようとする原動力の正体を考えている。

 めせもあのライブを見た後、自分も幸せにならなきゃ、と思うことがある。特に節目のライブの帰り道なんかによくそんなことを考える。字面だけだと不幸自慢のようだがそうではなくて、あのライブ後の独特の高揚感の中で、不思議なことにただ前向きに、幸せになるために頑張ろうと思えてしまう。それはなぜなのか。2年前、むすめん。時代を知っている大学の友人がMaze No.9のファイナル終演後にこんなことを言っていたのを思い出した。

 

めせもあの他のグループと違うところは、叶う夢がそこにあるってことなんだよ。夢を与えるというより、夢って叶うんだよって訴えかけて来るものがある。あの人たちが頑張ってるから私も頑張ろうって思える背中。指針のような先生のような。

 

 ライブは、”夢じゃないという夢”を見られる場所だ。

 

 ”夢は叶う”ということを知りたい、という強い気持ちがたぶんある。武道館だったり、大箱達成だったり、個人のスキルの成長だったりいろいろあるけれど、とにかく「”夢が叶う”ということは夢じゃない」ということを知りたくて、それをわたしにとっての現実にしておきたくて、講義の後ダッシュしたり性懲りもなく遠征したりしてしまうのだと思った。自分の現実から逃げている側面は否定しきれないけれど、彼らのライブを見ると、頑張らなきゃという気持ちにさせられてしまう。人生がフルマラソンだったら、ライブに行くことは給水ポイントなのかもしれない。彼らのアイドルストーリーに我々が伴走しているように、彼らもわたしの人生に伴走してくれていて、背中を押してくれる。

 夢は必ず叶う、なんていうのはきれいごとだと思ってきた。だから、夢が叶うことは奇跡に等しいと知っていて、夢を叶えようとしている人達から目を離せない。現実に絶望しなくていいんだと、奇跡が現実にあると五感の全てで感じられるあの場所が、好きだったのだと奪われて気が付いた。

 

 GALAXY.5の幕が上がるまでのしんどさの根底には、やっぱり夢は夢のままで終わってしまうんじゃないかという不安があったんだなと今ならわかる。メンバーやスタッフさんがご飯を食べられなくなったらどうしようとか、アイドル辞めることになったらどうしようとか、心配もあるにはあったけれど一番はそうじゃなかったことに気が付くとオタクって本当に勝手な生き物だなあと笑えてくる。でも、GALAXY.5を目撃してしまった今、やっぱり辞められそうにないなと思った。どうしたって夢を見てしまう、信じてしまうじゃないか。

 

 めせもあとファンは同じロケットに乗っていると思った。そのロケットは抽象的に言えば「成長する」という夢、具体的には武道館へ向かっていて、だから不確定要素があると目的地に辿り着けないかもしれない、途中で墜落してしまうかもしれないという不安がたちまち伝染する。いつだって信じることは難しい。

 別にロケットじゃなくたって良いのだ。もっとゆっくり行ってもいいし、途中で止まったり何かあっても行先を変えられる乗り物のほうが安全だ。ロケットは行先を途中で変えることはできない。具体的な夢を掲げるというのはそういうことだ。乗る側にもリスクがある。けれど「武道館へ行く」という夢を掲げていて、それが叶ってほしいと思ったから応援したくなった。武道館に行かないと好きでいられないの?と詰められそうだが、そもそもめせもあのライブの演出も曲の歌詞もメンバーの努力も、全てが”夢を叶える”という軸ありきで存在するように私には思える。だから自分にはイエスとしか答えられない。後に引けないように出来ているなと思った。

 GALAXY.5は「社運を賭けたツアー」だと公式ブログに書かれていた。それが中止になってしまうということがちょっとやそっとの、めせもあという物語を盛り上げるハプニング程度に思えるはずもなく、このままロケットは墜落してしまうんじゃないかと思った瞬間もあった。でもGALAXY.5を目撃した今は、大丈夫な気がしている。まだ現実は捨てたもんじゃないと思えている。

アイドルでいてくれてありがとう。

 

 

2020.7.2 なつい